代表の長尾は『傷だらけの天使』の大ファンだったというわけで「早速見てきたよい岩原さん、屋上見に行く?」となったのです。
「あれそうなの、あの話新宿って印象だったけれど代々木なの。探偵物語は大久保なんだよね、確か。取り壊されたらしいけど」なんて話になり、
見てきました代々木『傷だらけの天使』のビル
さて、
ここまで話がさっぱりわからない平成生まれの方に若干解説します。
昭和のTVドラマってのは「フィルム撮り」で、各映画会社が製作していたんです。あの画面の独特な感じは(最近のTVドラマと照明から違うのです)フィルム撮りだからで、映画が斜陽となった関係で多くの映画人がTVドラマを撮っていたんです(私がファンだった『木枯らし紋次郎』も市川崑監督)、そんな70'sのテレビドラマの人気作のひとつが『傷だらけの天使』(日本TV系1974年)主演:萩原健一・水谷豊、監督は深作欣二や後の松田優作の映画なんかを撮った工藤栄一が撮っていて、シナリオは「今やザ・ワイドのコメンテーターでどうなっちゃたのこの人」の市川森一、
その後豊川悦司 主演の映画でリメイクされますが、そのリメイク版のシナリオも松田優作とよく組んだアクション系の丸山昇一、実際『傷だらけの天使』的な流れは『探偵物語』へと連なるものに感じます。『傷だらけの天使』劇中のショーケンの動きってのがその後の松田優作のアクション映画のそれとよく似た感じで、松田優作にも影響与えたのじゃないか(『太陽にほえろ』ゲスト刑事初代は「マカロニのショーケン」で、松田優作が二代目の「ジーパン」ですからね)とさえ思えるTVドラマなのです。
昭和の話ですね。
木暮修(ショーケン)の暮らすペントハウスはかなりボロで昭和の高度経済成長へのアンチテーゼとして描かれています。部屋は事務所なのでトイレも外にあって、お風呂はドラム缶薪式が屋上にあるって設定です。ここが最終話で「取り壊しだから」って話になるのですが、
まだあるんです。
それも取り壊し再開発の話があってから、何年も経過して

現在2階以上は「怪しい雑居ビル入居者無し」みたいなことになっています。(1回部分は普通にテナントさんが入っているのです)
何分再開発がらみで「ちょっと怖いね」な感じですから、内部には軽率に立ち入らない方がいいでしょう。
私と長尾は「物件調査の名目で、」

屋上に向かうには奥の階段からなのですが、
夕方だったので「きっと真っ暗だよ」と長尾が懐中電灯を持ってきて正解
なんとか屋上に抜けます

ペントハウスの外壁は本気でボロボロで


構造破壊しているレベルです。
そのペントハウスの上の“屋上”にも上がれるのですが、鉄の階段は錆が入って、ほとんど「落っこちるかな」な状態

上の風景は廃墟同然で

近くまでいくとペントハウスは「完全な廃墟」です

1974年放送の当時既にボロボロだったんですから、そりゃそうだな〜で、日も暮れて真っ暗になった裏階段から戻ります。

本気で真っ暗です

放送当時も(ある意味社会派の市川森一のシナリオもあって)、高度経済成長に結果的に迎合しない「落ちこぼれ」として登場する木暮修(osamu)が暮らし、最終話で乾亨(akira)が入ったドラム缶風呂のあった屋上は今や千駄ヶ谷・原宿・代々木上原・参宮橋と連なる高級住宅街の中で、代々木が「西新宿・東新宿徒歩圏=新宿文化圏だ」というもうひとつの顔を思い出させます。
そして、1974年劇中で再開発となったこのビルは「今も再開発中」で、不動産ってものが街の暮らしや文化に深く関わる仕事だと再認識させてくれます。
今でも「古築の物件を選ぶ」事自体が、時代の機械的進歩に抵抗する個性を表現するカッコよさがある事は同じで、再開発に踊る高層ビル群が「どっかCG合成に見える」のです。
「経済優先の開発と、人の暮らし優先の開発」
そんなカテゴリーがあるのかも知れません。売った買ったで大騒ぎするのも不動産なんですが、味のある賃貸住居や中古マンションを探す地味な仕事が私は好きですね。
懐かしい〜!傷だらけの天使大好きっだたな〜!
確か屋上であきら(水谷豊)がドラム缶風呂に等身大の紙看板と一緒に入るシーンがあったはず!
しかし まだ建物が存在していたとは?
変わり行く東京でノスタルジーを感じますね!
そう 家の近所でも建物が解体されると
あれ!ここなんだったけ?みたいに急には思い出せない時ってありません?
それも 人の記憶にちょっと寂しく感じる今日この頃!
池袋の空の下より
秋場でした!
思い出せないですよね、
「この建物がいつのまに」なぐらいで、その時には前が何だったのか憶えていなかったりします。
『傷だらけの天使』
あのオープニングの音楽は忘れないですけどね
自分もここ探検してましたよ。
まだ店がやってた頃何度かカレーを食べたり、上の方もいってみたり。。。
記憶は環境とのやり取りで生じるものでもあり、つまりは環境に依存する部分も多いらしいです。
街が変われば、自分たちも造り変えられていくのですね。。。
街が変ってしまって、出て行くとか
知らない街へ行って自分が変る事もありますからね〜
街の変遷ってのは、人間の人生に近いものありますよ、ええ。
トラックバックではお邪魔しました。
当方へのTBもありがとうございました。
読んでみて、文章のうまさに舌を巻きました!
「傷天ビル」は放送終了後に潜入した事が
ありますが、まだあったとは!でも取り壊し
延期はファンにとってはイイことですね?。
またお邪魔いたします。
コメントありがとう御座います
最近「あれついに取り壊しかな?」な雰囲気も、、
現実一部構造には地震で崩壊の恐れもあるので、こりゃ別の意味でも本来再開発すべきものなんですよね〜、思いっきり駅前にありますし。
何か動きがあったら、又レポートしますね。
実は映画のロケ地って苦労するんですよ(傷だらけ当時はTVも映画屋がフィルム廻してましたからね)、承諾がとれても使用料が高かったり。だから最近のTVドラマはハウススタジオ使うか、郊外の分譲用モデルルームを使うことが多いので「どの絵も同じに見える」とこあるんですよね。
なかなか借り上げて撮影って事が少なくなった。
珍しい例だとロンバケがありますけれど、これも「取り壊し予定のビルで」でしたから。
やっぱ古いビルはいつも絵になるんでしょうね〜
スマッチに告知がありますが、ついこのあいだ映画のロケが行われたのも、南千住の古いビルのペントハウスでした。
決して”過去に引き戻される時間軸だけではない”と、
倒壊の心配や(構造破壊だってありますから)公共的な意味の資産の活用とか大事は大事なんですけれども、人が「あっなんかいいな」と思う部分ってヒューマンインターフェースじゃないですか。
そのいいなって思う気持ちも価値なんですよね、
だからある意味都市計画や再開発には『その価値を認めるデザイン(新しい構成)』が必要な筈なんですが、昨今の再開発にはそれが欠けている。
なかなか取り壊されないこのビルには、そんなメッセージがあるのかもしれません。
権利関係というより、誰が再開発の主体になるかで複数の業者が混在しているらしく、
その辺のからみで話が進んでいないのじゃなかろうかと、これは推測ですが。
構造的な問題もあるので、いつまでもあのままとはいかないと思うんですが、補修できるものなら”あのままで再開発”すると又違った意味で評判になるでしょうね。
どちらにしても今は「ほとんど使われていない状態」なので、ホントもったいない話です。
感動しました。
2007年11月時点で健在です。
さすがに、浮いた印象派ありますが...。
東京の場合古い建築の活用ってもっと積極的でもいいと思うんですが、
これどうにも建替え巡る利権に傾倒しがちで、
リノベがひとつのトレンドになりつつある中で、そういう世界感がいい加減変わってくれないものかと思う毎日です。
あの姿はあの姿で別の意味で問題ですから、
神田でも撮影あったのですかー
大久保の話も取り壊されたビル等含めて具体的な話なので(ソースがなんだったのかもう忘却の彼方でして、、)、思うにロケにおける特有の「ここはここで撮って、ここはここで」な話だと思います。
それがホントに”傷だらけ”はなかなか取壊しにならないんですよね〜
オカルトまではいかないでしょうが、きっと”何かの何”のような”いわく”があるのかもです。
それも昭和の残滓ってものなのかもですね〜
今は便利な世の中になった。このページを作成した時には、まだこんなサービス無かったね。